精密機械から産業技術、SMAPまでむしろカードはこちらにある
レアアース禁輸など怖くない!「逆経済制裁」すれば先に音を上げるのは中国の方だ
(SAPIO 2010年11月10日号掲載)
2010年11月15日(月)配信 文=吉村麻奈(ジャーナリスト)
レアアースから訪日観光客まで対日輸出規制を振りかざした中国だが、経済統計を見れば、実は中国は対日輸出大国ではなく、対日輸入大国。関係悪化でそれこそ経済制裁の応酬となれば、中国も無傷ではいられないのだ。振りかざした拳がどこに落ちるか。知れば知るほどいかに恫喝が無意味かが分かる。
尖閣問題に絡んで、ちょっと強気に出てみた日本に対し中国がとった行動は、レアアースの禁輸をちらつかせ、日本への旅行自粛を呼びかけ、通関時の貨物検査率をほぼ100%に引き上げて対日輸出を妨害するなど、子供か! と言いたくなるような露骨で稚拙な嫌がらせだった。しかし、産業界からはあわてふためく声があがり、事実、政府はその声に押される形で白旗を振ってしまった。中国は今や、GDPで日本を超えて世界第2位になろうとしている経済大国。一方、日本はGDP比200%の財政赤字を抱えデフレと円高に苦しんでいる。中国が本気で対日経済報復に打って出てきた日には、日本が抵抗できるわけがない……。
だが待ってほしい、本当にそうなのだろうか? 中国経済の内実を見れば、反対に中国にギャフンと言わせる対抗策はいくらでもありそうだ。
中国が日本に対して次々かける揺さぶりの中で、一番効果があった、とされているのはレアアースの禁輸だった。
レアアースは、日本が得意とするハイブリッドカーや、これから市場競争が激しくなるであろう電気自動車のほか、半導体や光化学製品などに不可欠な希土類で、今後需要がさらに伸びると見込まれている資源だ。この生産量の97%は中国が担っており、中国が仮に本気で対日禁輸をやれば、日本の製造業はたしかに立ちゆかなくなるはずだ。しかし中国の資源管理・政策に詳しい日系シンクタンクの研究者は「実際はそうはならない」と言う。
そうならない理由については、まず中国のレアアース採掘現場を理解する必要がある。「中国のレアアース採掘現場は一種の無法地帯みたいなものですよ。北部は国営企業が大規模投資して開発しているけれど、南部は地方政府レベル、民間レベル、個人レベルが、少ない投資と安い人件費で、山奥にぼこぼこ穴をあけて掘り出している。その結果、環境破壊、水質土壌汚染がものすごく深刻です。そんな状態なので値段も統制がとれておらず密輸出も多い」
中国が世界の圧倒的シェアを占めているのは、自国の環境をぼろぼろにして低コストで採掘し安く売っているからで、余りの安さに、他の国ではばかばかしくて採掘をやる気にもならなかった、というところだろう。「中央政府はこの無法化しているレアアース採掘現場を整理整頓する最初の手っ取り早い方法として総量規制をかける方針を決めた。そうしないと、値崩れしてどうしようもない、と。これは必ずしも日本をターゲットにしたわけではない。ところが、これに日本企業が過剰に反応して、中国側の方が、外交カードに使えるのではないか、と思い始めたんです」(前出・研究者)
で、実際、このカードを切ってみるとそれなりに効いたわけだ。 だが、この研究者は言う。「そういうレアアース採掘現場の土壌汚染対策や精錬技術が中国はまだ不十分。地方政府レベルの採掘現場などは、日本など外国の技術と投資を呼び込み、効率のよい採掘を行ない精錬度の高い製品をつくって高く売りたい。ところが、こういう恫喝めいたことをしたために、日本はモンゴルなど他の国に投資して、中国依存脱却を図ろうという動きになってしまった」
脅しをかけたことは結局、中国にとって自国の資源開発を遅らせる結果にしかならないのだ。
またレアアースの価格は今が安すぎるとも言われ、値上がりはある程度予想されている。それなりの戦略性を持つ大手企業は1年分くらいの備蓄があるのは当たり前とも言い、本当はそこまで切羽詰まった状況ではない。では、日本産業界はなぜあんなに浮足だって騒いだのか。
対中資源輸入に強い商社関係者に問うと、「いや、本当は困っていない時でも、こういう時は騒ぐもんなんですよ。それがビジネスマンというものなんです。騒いでアピールしたからこそ、いままで無策だった重い腰の政府も資源外交に動いてくれたし、代替品の開発にも拍車がかかる。欧米にも対中危機意識が広まったので結果的にはよかったでしょう」。中国市場で鍛えられた民間企業は、なかなかしたたかなようだ。
日本に支配された中国の鉄鋼業
日中の貿易収支は対中国だけを考えると赤字だと思いがちだが、対香港を含めると01年を除き、ずっと黒字だ。07年は2・7兆円、08年は2・6兆円、09年も2兆円の黒字。日本経済が中国市場に支えられているとも言えるが、中国も日本製品無しには生きていけないのだ。たとえば、中国が日本に依存している先端技術製品にはどんなものがあるのか。「高機能の鋼板、高速鉄道の信号や保守技術、携帯電話の部品、高機能電子材料、電池、ハイテク繊維、建設機械、半導体製造関連に至るまで、いくらでもあります。この際、それを一度全部洗い出して確認するのもいいかもしれません」
というのは清華大学・野村総研中国研究センターの松野豊・副センター長。実際、中国はレアアースを使った製品も、自国で作れないので日本から多く輸入している。「もちろん、実際には経済制裁の武器にはなりません。というより、このグローバルサプライチェーン化の時代に相互に補完している2つの大国が経済戦争なんてありえない」
仮に日本が中国の報復に対して経済的手段で対抗したとしても、それは中国国内の日系を含む外資系企業も大きな被害を受けてしまう。それは中国にとっても同じことで、やればやるほど双方が大きな傷を負う。しかし、傷を負って、どちらが先に回復するか、というと日本だろう。「日本は、外交圧力にはめっぽう弱いけれども、経済制裁には意外と強い。70年代のアメリカと繊維だの自動車だの、戦ってきたので経験豊富ですよ。たとえば省エネ技術とか、あの頃アメリカにいじめられたおかげで、日本は世界に冠たる技術国家になったんじゃないですかね」(松野氏)
問題は、そういう状況を中国の識者の中にも分かっていない人が多いということだ。「中国の研究者は日本を含む海外先進国の情報を必死に収集して分析していますが、実は自国の情報は公開されていないので分からない部分が多い。だから、見識あるはずの学者が、自国の経済環境、産業競争の実態をきちんと把握できていないなんていう皮肉なことも起きている感じがします」
と松野氏。
一方、分かっている学者たちの危機感は強い。昨年11月、中国経営報で、三井物産に12年務めた経験のある中国社会科学院日本経済学会の白益民理事が『中国の鉄鋼業はいかに三井に支配されているか』というタイトルの論評を発表した。その内容をかいつまんで言えば、中国の鉄鋼業界は鉱石の調達から、その鉄鋼材のユーザーである自動車メーカーへの供給に至るまで、三井物産を中核とする三井グループが網の目のように入りこんでいるという指摘であり、世界一の生産量を誇る中国の鉄鋼産業の発展により、おいしい思いをしているのはむしろ日本企業ではないか、ということなのだ。
また『2009年中国産業外資支配報告』(北京交通大学産業安全センター)によれば、中国の第2次産業の外資支配率はこの10年30%以上であり、警戒ラインを超えている、としている。早い話、中国産業の3分の1前後が外国の資本と技術とブランド力に支配されているということだ。
こんな状況で対日経済制裁などやれば、日本はリスク回避のために資金や技術を引き揚げざるを得なくなるし、そうなると立ち行かなくなる中国の製造業も出てくる。もちろん、日本が引き揚げたあとに、欧米企業が入り込むという可能性はある。が、たとえば日本が環境技術協力をやめて、その代替にEUの企業が入ったとして、中国はEUのCDM戦略(クリーン開発メカニズム。先進国が途上国の温室効果ガスの排出量削減を支援し、削減量の一部を自国分に割り当てる仕組み)にますます揺さぶられる材料をつくることにもなる。「日本のように援助だ協力だ、といった名目で技術を持ち込んでくれる国を、中国はもっと大事にすべきだと思う」と松野氏は言う。
SMAP公演中止の怒りの矛先が中国政府へ
中国の政府系シンクタンク社会科学院日本研究所の馮昭奎研究員は「円買いによって円高誘導すれば効果的な対日経済制裁になる」という意見を中国紙『環球時報』に語ったが、これもナンセンスな話だ。中国に詳しいある金融企業関係者は「人民元を為替操作で元安に抑えている政府が、他国通貨を買い進めて円高誘導するというような真似をする。そんなことしたら国際社会から非難ごうごうです。それに円資産をそれだけ買い占めて、日本経済が失速して円が暴落したとき困るのも中国です」と指摘する。
中国政府が日本旅行自粛を呼び掛けて、その結果、中国人観光客のキャンセルが相次ぎ、日本の航空業界や観光地でホテルが泣かされていることも、報道されてはいるが、これも日本だけが損失を被っているわけではない。
昨年の統計では、中国に旅行に行く日本人客は320万人だが、日本に旅行に来る中国人客は100万人で、数の上から言えば中国に行く日本人旅行者の方が多いのだ。今回の尖閣問題での中国の強硬な態度をみて、嫌気をさして中国旅行をキャンセルした日本人や、生徒の安全が確保できないと中国行き修学旅行を取りやめた日本の学校も少なくない。
上海在住の日本人駐在員によれば「上海は日本のファッションや化粧品、アニメ、漫画文化が結構浸透している。台湾には哈日族と呼ばれる日本好きが多いが、中国でも哈日族は増えています。彼らが日本から個人輸入で取り寄せている化粧品や衣類などに対する関税検査が厳しくなり、届かないケースが増えている」と言う。もちろん、9月から個人輸入の関税対象が50元以上と大幅に引き下げられたため検査が強化されているという建前もあるが、尖閣問題に絡むこういう当局の対応に不満を募らせている市民も多い。
日本の人気アイドルグループ・SMAPの上海公演が取り消された話題をめぐるインターネット上の掲示板では、「チケット代は払い戻されても、往復の飛行機、ホテルのキャンセル料、ばかにならなかったわ! (日本との対立を続けていくことが)国家利益だって? 国家利益より民間利益よ!!」と、公演を取りやめたSMAPではなく、そうさせた中国政府に不満をぶつける声もあった。対日批判や対日圧力も、自国民に苦痛を強いるレベルになれば、人々の不満の矛先は政府に向かう可能性もあるのだ。
中国では、日本との政治的外交的対立が顕在化すると「日貨排斥」を叫ぶ愛国的民族主義者が登場するが、中国人の普段の暮らしの中に日本製は潜んでいる。
広東省の中国人記者がツイッターでこう呟いていた。「(日貨排斥をさけんで)日本製をぶっ壊すなら(中略)日本語由来の外来語である公安局、社会主義、共産党も全部日本製だということを忘れないように」
日貨排斥など経済的手段の報復は、まさしく天につばすることに他ならない。
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