【民主党】「一幹事長」の暴走
「一役人」羽毛田が刺した一撃
最高権力・小沢の「急所」
(AERA 2009年12月28日号掲載) 2009年12月24日(木)配信
「官僚嫌い」はわかるにしても、会見での言いたい放題を国民はどう見たか。
来夏参院選の最大争点は、政策よりむしろ当の「本人自身」となるのでは?
画面大写しになったあの顔。にらみつけ、眉をしかめ、顔のど真ん中に「怒」と書いてあるようなあの表情。あの顔は当分、国民の潜在意識に刻み込まれたまま消えないだろう。
それほど、12月14日の「民主党の最高実力者」小沢一郎幹事長の会見での姿をテレビで見た多くの人が「この人、何なの?」と思ったに違いない。
「君は日本国憲法を読んでるかね? ふん? 天皇の行為は何て書いてある? 国事行為は内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、すべて」
「一部局の一役人が、内閣の方針、決定したことについてどうだこうだというのは、日本国憲法の精神、理念を理解していないと同時に、もしどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ。当たり前でしょ? 役人なんだもん。そうでしょ?」
来日した中国の習近平国家副主席が特例的に15日に天皇陛下と会見する一件を聞かれ、顔をゆがませて激怒した小沢氏。怒りの矛先が向けられたのはもっぱら「一部局の一役人」こと羽毛田信吾宮内庁長官だ。
その3日前の11日、長官は、
「天皇陛下と外国の賓客との会見については、両陛下のご負担を減らすため、1カ月以上前までに外務省から申請を受けるルールを内々に設けてきた」
と慣例としての「30日ルール」の存在を明らかにした。
「自分は天皇より上」
長官の説明によると、外務省からの(習氏の天皇との会見)申し入れは11月26日にあり、宮内庁は「30日ルールに反する」としていったん断ったものの、12月7日に平野官房長官が「日中関係の重要性」を理由に強い申し入れ。10日には鳩山由紀夫首相の指示ということで、再度官邸から要請があり、
「大変、異例ではあるが、曲げて陛下に会見をお願いした」
という。さらに、
「陛下の国際親善の活動は、国の大小と関わりなく行われてきた。これは憲法下の天皇陛下の役割という基本的なあり方にも関わる。もう二度とこういうことはあってほしくない」
今回の会見は「時の政権による天皇の政治利用」であり、それは今回限りにしてほしいという異例の反論。これに10日からの中国、韓国訪問を終え帰国した小沢氏が猛反発したわけだ。
「個人的に小沢氏と話したことのある人間としていうと、小沢氏は普段からぶっきらぼうな言い方をする。でも一般の人の目で見ると、今度のはとても公式の場でやるべき言い方じゃない。国民に見られているとの意識が彼にはないのだろう」
と話すのは産経新聞元政治部長の花岡信昭拓殖大大学院教授。
「鳩山政権の事実上の最高権力を手にした小沢氏は、いまその地位を実践している。『天皇陛下の行為は国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、すべて』との発言は、自分は天皇陛下より上の立場にあり、天皇の行為を左右できるとも取れる。天皇という権威への敬意がまったくうかがわれない。この問題は右も左もない」
時の政治権力と、国民を統合する象徴であるとともに、国の「権威」を体現する天皇の関係には微妙な問題がはらむ。だからこそ政治の側は慎重の上にも慎重でなくてはならないというわけだ。
しかも会見で小沢氏は、天皇陛下の外国賓客との会見を「国事行為」と主張し、質問した記者を「憲法を読んでないのか」と一喝したが、共産党の志位和夫委員長は「憲法7条にある天皇の国事行為の中に『外国の賓客との会見』は入っていない。小沢氏こそ憲法をよく読んでほしい」と語っている。
「騎馬民族征服説」
このところの小沢氏は、政権最高実力者の地位を固めた高揚感に満ちている。党と政府を完全分離するとの方針でスタートした鳩山政権だが、民主党関係者はこう話す。
「いざ始まってみると閣僚間の不協和音ばかりが目立ち、予算編成から何から小沢氏が裏で仕切らないと何も決まらない。小沢氏からすれば『それ見たことか』となった」
10日からの訪中には配下の国会議員140人以上、総勢600人以上を引き連れ、満面の笑みで胡錦濤国家主席と握手。修学旅行よろしく国会議員一人一人が順番に胡主席と握手し写真に納まった。
胡主席との会見の条件として中国側から持ち出されたのが、来日する習副主席の天皇陛下との会見だったとも見られ、中国側への「お返し」のため小沢氏サイドがしゃかりきに動いたとの話もある(小沢氏は自身の関与を会見で否定)。
一方で、北朝鮮問題絡みで自身の訪朝の地ならしと協力を中国政府に求めるためだったのでは、と見る関係者もいる。
北京から韓国・ソウルに移動した小沢氏は12日、国民大学で学生らを前に講演。永住外国人に地方参政権を付与する法案が来年の通常国会に政府提案され、成立の見通しを示したが、その一方で、
「朝鮮半島の権力者が海を渡り、(日本列島に上陸して)初代の天皇になった」
「古代の応神天皇、仁徳天皇陵が発掘されれば歴史のナゾが解けると専門家から聞いた」
という趣旨の、いわゆる「騎馬民族征服説」を紹介。「あまり私が言いますと、国に帰れなくなりますので」と会場を笑わせつつ、「たぶん歴史的事実であろうかと思っております」と述べた。が、ある専門家は「騎馬民族征服説というのは証拠のない仮説で、今日ではほとんど否定されている」と指摘した。
長官は暴走したのか
その小沢氏に会見で辞任を求められたものの「自分は陛下のお務めのあり方を守る立場。辞めるつもりはない」と対抗したのが羽毛田宮内庁長官だ。
羽毛田氏は旧厚生省(現厚生労働省)事務次官を経て2001年に宮内庁次長、05年に宮内庁長官に就任。奇しくも小沢氏と同じ1942年生まれだ。
06年には三笠宮寛仁さまが月刊誌で女性天皇容認を批判したことに苦言を呈したほか、08年には皇太子ご夫妻が愛子さまと天皇・皇后両陛下をお訪ねになる回数が少ないと批判するなど異例の発言で騒がれてきた。
実は彼は、92年から95年まで官邸を補佐する首席内閣参事官で、細川、羽田両内閣(93~94年)の最高実力者だった小沢氏とは知らぬ仲ではない。
「軽率なところがなく、忠実に仕事をする人。小沢さんは会見で『宮内庁のなんとかという長官が……』なんて言ってたが、羽毛田さんを知らないはずがない」(厚労省OB)
そんな羽毛田氏が「暴走」して勝手に発言していると見る関係者は少ない。「彼は日頃から陛下に会っている。会見の内容も陛下の意向を忖度したものだろう」(宮内庁関係者)との見方が大勢だ。
「宮内庁長官は政府の一員だが、それ以上に、天皇陛下に忠実でなければ務まらないポストだ。長官は天皇陛下のあり方を第一に考える。いまの天皇陛下はとりわけ国民統合の象徴である自分の立場に忠実であろうとされ、天皇の政治利用と解釈されかねないことについては懸念される。今回の長官発言はその流れだろう」(皇室事情をよく知る関係者)
羽毛田氏の「苦言」をきっかけに、小沢氏は会見で傲岸なまでにぶち切れた様子を世間に晒した。来夏の参院選での単独過半数にかける小沢氏。だがその最大争点が当の「小沢一郎という最大実力者」になるのではないか。そんな気配だ。
編集部 小北清人、野口 陽
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