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2008年8月 7日 (木)

キングスクロス:プロローグ(12)

 東京。
「ミャンマー経由での移送計画は実在したわけだな。しかし直前になって中断された……原因は、議長暗殺か?」
「だと思います。因果関係があるかどうかはわかりませんが、以降内外当局・メディアの注目を集めており、計画実行には不適当と判断したのではないでしょうか」
「因果関係か。反政府勢力の犯行と政権は主張しているが、事実として今回の計画とつながっていると思うかね?」
「断定する材料がないのであくまで推測になりますが、反政府勢力がそこまで察知しているとは考えにくいですね。軍事政権側も、早々漏洩を許す筈はありませんし、仮に察知したとしても、暗殺と言う手段で阻止できる保証はありませんから。確かに今回は阻止できたわけですが、これはあくまで結果論でしょう」
「そうだな。他の可能性としては及び腰になった軍事政権の、反政府勢力に責任転嫁しながらの幕引きだが、トップを犠牲にしてとなると政権内部の権力闘争でもない限り不自然だし、そういう動きがあるとは聞いていない。となると……」
「他国が、計画阻止に動いた、と考えるのが自然ですね。国内反政府勢力とは別に、襲撃を実行した主体がいる。軍事政権の発表どおり反政府勢力と見えたとしても、それはカモフラージュでしょう」
「そして彼らは計画自体を察知していた。恐らく早い時期からね……何者なんだ?CIAか、MI6か……」
「それ以上はわかりませんがね……黙っていても教えてくれないでしょうね」
「どういう意味だ?教えてくれと頼み込むのか?日本に直接関係しているのでない限り、先方にしても教える義理はない。それを突かれれば終わりだぞ」

 ドイツ、コブレンツ。
「お話はわかりました」
 カップを置いたバルバラはそう言って、背後のファックスを意味ありげに振り返った。
「で、どう?あなたは承知している話ですか?」
「初耳です。でも、裏を取るならご自由に」
「そうですか。で、今言った情報がそのファックスから発信されたと我々は特定していますが、扱えるのは誰?貴方でないとしたら、従業員の誰かではないかと思いますが」
「アルバイトの学生も二人雇っているけど、今言った時期はバカンスで、旅行や帰省でこの町にはいなかった筈。店に出ていたとしたら、私の他には副店長のヘルマンだけ」
 バルバラは、勤務記録を確認しながら答えた。
「念のため、その勤務記録のコピーも取らせて下さい。その副店長は、今日は非番ですか?」
「いえ、所要で出ているだけ。すぐ戻ってくる筈ですけど……じゃあ、彼が?」
「そういうことになりますね。部外者がこの事務所に立ち入っていなければの話ですが」
「不在時は施錠しているからそれはないと思いますけど……防犯カメラを設置していますから、警備会社に映像はあると思いますわ」
「それも後で確認させてもらうかもしれません」
 マックスはそう言って無線を取り出し、応援を要請した。
「彼を連行するつもり?」
「シュタージとは違う。同道を求めるだけです。いや、ひょっとしたら……」
「何ですか?」
「最初に言っておいたほうがいいでしょう。貴方を含めて、警護の形をとらせてもらうかもしれません。命を狙われるかもしれないので」
「口封じ?」
「そう。だから覆面車両を手配しました」
「でも通りからは丸見えよ?」
「わかっています。マンションの裏手にある路地に車両を入れさせてもらいます。彼が帰ってきたら店内で事情を話し、裏口から乗り込んで署へ直行……」
 遠くで僅かに空気が振動、一瞬おいて表のほうで何かがどさりと落ちる音と同時に悲鳴が挙がり、三人は店頭へと飛び出した。肥満しているにもかかわらず、バルバラの動きは「現役」バリバリ」の二人に劣らず俊敏だった。
「ヘルマン!」
 長めの金髪を撫で付けた小柄な男が、左の首筋に深緋の花を咲かせて仰臥していた。第一発見者と思われる若い女が、へなへなと倒れこむ所だった。
「彼はどこへ行っていた?方向は?」
「文具屋よ!東の方角」
「とすると、撃たれたのはやはり通りの……」
 向かい側のビル、窓の暗がりに閃光が瞬き、咄嗟に伏せた頭上を不吉な風音と共に通過した銃弾が店のガラスを直撃。特殊防弾処理を施したガラスは貫通を阻止したものの、鈍い音を立てて半径数メートルの蜘蛛の巣を発生させた。ヘルマンが、無線に向かって怒鳴る。
「至急、至急!銃撃を受けている。参考人は被弾。救急車と増援の急行を要請!」

 広島。
 JR広島駅から続く大通りがまたがる橋を、相生橋と言う。江戸時代、備中(現在の岡山県)相生から呼んだ職人が設計したT字形の橋で、その後明治になってから石造に変更。昭和二十年の原爆投下では文字通り爆心地の至近だったために跡形もなく全壊するも、その後美しく修復、平和記念公園へのアプローチの一つとして県外にも知られていた。
 橋桁にかかる人形の異物を見つけたのは、毎朝河畔を散歩する住民の一人だった。通報で警察が急行、午前中に「異物」は撤去されたが、場所が場所だけに県外どころか、その日のうちに全国が知るところとなった。

 モスクワ・クレムリン大統領執務室。
「わかりました」
「どうだった?」
「先に結論から申し上げたほうがよろしいでしょう……『荷物』はもう、我がロシア領内に存在しません」
「運び出されたということだな……順を追って、説明してくれるか?」
「わかりました。チェチェン領内に至るまでの正確な日付は未確認ですが、二月二日、カザフスタンのアルマ・アタ、二月五日、トルクメニスタンのクラスノボツク、そして二月七日、フェリーでアゼルバイジャンのバクー、ここから次は長距離バスで二月十一日、クリミア半島のヤルタ。それも避暑地として人気の多い西海岸ではなく、東海岸の或る別荘に運び込まれていました。別荘の所有名義人は旧東ドイツの情報将校ですが、実際はあのフランシスコ・カディスが専ら使っているものだそうです」
「本当か!確か、ベネズエラ大統領の弟だったと思うが……」
「その通りです、自身は中東の石油王で、兄の政治資金も当初はここから工面していたと言われています」
「この計画に、ベネズエラが噛んでいる、と言うことなのか?」
「そうなります。『荷物』の最終目的地がカラカスと言うのも、これで信憑性が増してきます。話を戻しますと、その後六月二十八日、陸路オデッサに入り、またフェリーで黒海西岸へ向かっています。その後はまた行方不明……これが現時点で把握できている全てです」

 コブレンツ警察署・取調室。
「さて……まだ話していないことがあったら、全部話してもらえるかね?でなければ、我々もあなたを守りきれない」
「話したところで無駄かもしれないけどね?相手が手強いのは、あなた達も見たでしょう?」
「知っているのかね?」
「いいえ。具体的な素性を知っていたとしたらヘルマンだけでしょうね。でも、あらかじめ襲われるとあらかじめわかっていれば、あなた方に頼むより自分達で身を守ったほうが早いかもね」
「いいかな、マダム?あなたが全て話して、それでなおかつ守りきれなければ我々の責任だ。しかしそうでないなら、あなた方の責任だ」
「そういう責任だったら、取るだけの覚悟はできてるわ」
「できていても、我々の上司がそれで納得しなければ同じ事だ」
「わかったわよ……何から話せばいいの?」
「つまるところ、フリードリッヒ・ヘスについて知っていること全て。それと君の副店長、ヘルマン・カウフマンのことも話してもらう必要があるようだな」
「わかったわ。順を追って説明するわね。ヘルマンとは団体を立ち上げて以来の仲よ。知り合ったのは別の団体に入党していた時。知っていると思うけどその団体が潰れた後、かれの資金と私のコネで一からやり直すことにしたの」
「それが、『鉄の騎士団』というわけだな。彼はどうやって資金を用意したんだ?」
「貴族の家柄で、かなり遺産を相続していたの。私と違ってこちらの出身だったので取り上げられずに済んだものを、そのまま元手にしたってわけ」
「ヘスは?」
「ヘルマンが連れてきたの。面白い若者がいるからって。最初は素性を明かさず、あくまでカウンセラーとして接していたんだけど、最初から調べて全部知った上で近づいてきたみたい。彼が勝手に判断して私が事後承諾して……そういうこと。とは言っても勿論、順番は逆になったけど身辺調査はきっちりやったわ」
「父親の素性も勿論?」
「ええ。驚いたわよ。隠しておいてくれと頼まれたから、父親には話さずにいたんだけど、一度店の前をうろついていたの。そう……丁度事件の起きる直前。彼に話したら、案の定ばれたと言っていたわ。私たちが頭越しに明かしたんじゃないかと疑われたわよ」
「違うんだな?」
「ええ。未成年の場合とかは、私たちの判断で家族に明かすこともあるけど……だからばれたと知った時は、我々を監視している誰かの仕業とすぐわかったわ。そしてあの事件……まあ、生きた心地はしなかったわね」
「そうか……ヘルマンが言っていた『面白い』と言うのは、父親の素性のことかね?」
「つまり、それを折込済みで紹介してきたのか、ってこと?」
「そうだ。思い当たる節は?」
「確かに今考えるとそうだったのかしらねえ。その時は、彼の口から父親がどうこうという話をした記憶はないけれど。あくまで私が自分で調べて、初めて知ったことだもの。ただ、我々と考えが似ていたのは確か。多分一度挫折してグレて、その間色々考えているうちにたどり着いたのでしょうね……
 今度は私が質問してもいいかしら……どう、あの心中事件は我々と関係しているのかしら?ヘルマンがサッカーの審判の息子を、私に紹介してきたこと自体に理由があると思っているんでしょう?」
「現時点では特定不可能、というのが正直な答えだ。君たちのほうは公安、放火心中の件は我々刑事が追っていて、接点はあるが一つの線でつながるには至っていない。ただつながるとしたら……」
「我々もターゲットの一つ。違う?」
「可能性はあるとだけ今は言っておこう。その筋(ユダヤ勢力)による君たちへ活動妨害は今に始まったことじゃないが、今回は他に絡んでいる要素もあってね。我々の立場で言うのも変だが、とにかく今は君たち自身の為にも、不用意に動かずじっとしていてもらいたいというのが正直なところだ……
 今日は以上だ。何か判ったらまた連絡する。手続きが済んだら帰ってよろしい。多分店の後片付けで大変だろうからね」

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