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2008年5月18日 (日)

Time Up:十二.キックオフ(中)

 一時五十分、山崎が、付近のスーパーで買い込んだジュースを捜査員達に配る。会場と周辺の自動販売機は、全て販売中止だ。
「サンキュー」
「中川さん、リラックスしてください」
「え?」
 含み笑いした山崎の視線を追った中川は、初めて自分の貧乏ゆすりに気づき苦笑。それに励まされたように、斉木が恐る恐る話しかけてきた。
「あの……すみません。こんな形でご一緒するとは……」
「……いいよ。仕事なんだから」
「そう言っていただけると我々も気が楽になります」
 今まで無言無表情だった、不精ひげに青いキャップの男が微笑、初めて口を開いた。
「申し遅れました、都筑北署刑事課巡査部長の井口(いぐち)です」
「井口というと……」
 柳沢が目を丸くした。
「斉木君が二位になった射撃大会県予選の優勝者……確か、そうだな?」
 その県予選こそCRAWの……と気づいた捜査員達が唸った時、場内から大きな歓声。時刻は、一時五十五分。選手入場に国歌吹奏が続き、VIP席では両首脳が何度目かの握手。何ごともないような光景だが、脇の裵が周囲に走らす鋭い視線が、緊迫した現実を思い出させた。
 二時、キックオフのホイッスル。この試合が無事タイムアップを迎えられるかどうかはわからない。その意味でこのホイッスルは警備陣にとっても、最後の戦いの始まりだった。
 二時三十五分、無線に港北署通信室から割込み。
――中川巡査部長に、外部から入電。
「誰からだ?」
――名前は言いませんでした。男性の声ですが……
「男性?」
 早紀かと思った中川は、戸惑った。
――もしもし?どうしますか?
「こちらに転送して下さい」
――はい……どうぞ、お話し下さい。
「もしもし……」
――ご主人ですか?
 中川は全身の血液が退いていった。無言電話でローマ字の暗号を伝えてきた男の声だった。
「鄭だな?どこだ?」
――……
 捜査員達は周囲に視線を走らせた。彼はどこかで自分達を見ているのか。
「用件は何だ?」
――メールを見た。前の恋人が殺されたと……
 山崎が片手でゆっくり輪を書いてみせた。通話を引き伸ばして逆探知するつもりだろう。中川は無言で頷き携帯を握りなおした。
「彼女も一緒なんだな?」
――……
「……競技場は我々が固めた。もう入れないぞ」
――大した自信だな?だが私も、最初から生還は期していない。
「そうして、過ちを重ねるのか?」
――何だと?元々日本のせいで半島……
「また日本のせいか?圧制の責任転嫁ばかりしていては、半島統一など夢のまた夢だな?」
――他人に言えた義理か?まだ血を流さないとわからないようだな?
「わかったとも。お前達の将軍様が全ての元凶だとな」
――黙れ!
「無駄な忠誠心は、もう捨てたらどうだ?十年前お前達一家が受けた仕打ちを忘れたのか?」
――……
「今からでも自首すれば、日本政府がお前を保護する。罪は償ってもらうが、可能な補償があれば考えよう」
――それはもう手遅れだ。
 咄嗟の出まかせと見破ったか、鄭は乗ってこなかった。
「稲生課長補佐や三浦という青年を殺したからか?それに斎藤刑事や尚子、いや飯田――」
 電話は切れていた。テレビ画面では、脇の捜査員と話していた裵が正面に向き直るところだった。笑顔がこわばって見えたのは、今の通話を彼女も耳にしたせいか。
――逆探知は?
 数秒の沈黙を破ったのは、小田の割込みだった。
――発信地点は横浜市北部。十中八九この付近でしょう。
「やはり場内をマークすべきでは?既に潜入した可能性が大です」
――だが、いつ潜入したというんだ?場内は昨日、徹底的にチェック……待て、再度確認する。
 無線は一旦沈黙。もう入れないという言葉に鄭が返した落着きの意味を中川が考えていた時、加藤が
「あっ!」
 と叫んで小型テレビの映像を指した。
「両首脳がまだVIP席にいます。貴賓室の筈では?」
「スタンドプレーですか」
 山崎が笑えないギャグを飛ばし、加藤に
「茶化してる場合か!」
 と一喝された。縮み上がった山崎を尻目に、加藤は柳沢に食い下がる。
「スタンドの警護を固めるべきです。相手も折込み済でしょうが、大っぴらにやったほうがプレッシャー……」
「それはわかるが、指示……」
「スタンドに入るな、目立つな、これでどうやって警護しろって言うんですか?」
 爆発寸前の加藤を柳沢が持て余していた所で、無線が再び喋りだした。
――未明、不審車が現れた際、手違いで数十分間警備網に空白が生じていた。具体的な形跡は確認されていないが、潜入のチャンスはあったようだ。
「わかりました。それと……両首脳がまだVIP席です」
――今の件を伝え打診するが、状況は変わるまい。
「……」
――時間がない。各員、至急配置につけ。
 中川達が追われるように北スタンド下の管理事務所に入ると、机上の図面を前に、爆発物処理の班長が警備主任と話していた。
「そろそろ前半終了ですね」
 警備主任が言った。時計は二時四十分を過ぎていた。
「ではハーフタイムにロスタイムを加え、あと一時間十分余りですか」
 試合は前半十一分、北朝鮮フォワードのファウルに怒った日本ゴールキーパーが相手を突き倒し退場処分。日本は一人少ない十人で、残りの長い時間を戦わなければならない。
「紛失したダイナマイトは二十個でしたね?」
「はい」
「その数で競技場全体の破壊は無理ですね。東海大地震規模の災害を想定した設計だそうなので」
「そうですか。予告では人的被害を仄めかしていましたが」
「そのつもりなら本体に仕掛ける必要はない。例えばスタンドの屋根の一部を爆破すれば充分です」
 中川達は天井に目をやりながら、班長の淡々とした口調にむしろ慄然とした。
「この屋根は鉄骨にステンレス葺きで、仕掛けるとしたら多分支柱周辺ですが、東西スタンドで各十八個所、南北各二十四個所、合計八十四個所全てに仕掛けるのは無理ですね」
「トイレは?」
「今朝再チェックしました。スタンドも入口から内側は同一空間で、極端に言えば死角はないんです。あるとすれば座席の下などですが、今日に限らず不審物への警戒を呼びかけており、何かあればすぐわかる筈です」
「では、マークするならスタンドの外でしょうか?」
「ただ、洗面所や売店の利用者もいますし……とにかくゲートでもチェックしており、唯一のチャンスは昨夜ですが、万一そうなら文字通りノーチェックで何でも持ち込めたことになります。正確な入場者数はわかりますか?」
「五万五千二十八人と報告が入っています」
「あくまで私見ですが予告内容から爆破決行はタイムアップ直後、そして今言いましたが仕掛ける場所は十中八九屋根ですね。本当に持ち込めたかどうかは後にして、今はそれを前提に対処しましょう」
「わかりました。処理班は?」
「既に各スタンド後方に待機、準備させています。そこで今可能な人数で手分けして、屋根を調べてもらえませんか?爆発物は発見し次第我々が処理します」
「爆発物となると競技場側に頼むわけには行きませんから我々警察でやるしかないですね?」
「そうなりますね」
「しかし、こちらは……」
 首脳の警護も、と柳沢が言いかけた時、警備員のトランシーバーからの悲鳴が室内に炸裂した。
――六階の男子トイレで、ビールの販売員が死んでいます!
「何っ!死因は?」
――わかりませんが、後頭部から大量に出血――
 柳沢が真っ先に部屋を飛び出して行った。

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