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2008年5月 4日 (日)

Time Up:十.両刃の剣(中)

 小田は午前〇時を過ぎても警備本部に詰めていた。ホテルの防災センターでは全館の様子をモニター中だ。競技場の工藤からは夕刻、配置一部変更を得意げに報告してきた。警備本部中枢から外した意趣返しなのは明らかだが、一々意識するのも任務の邪魔と割り切っている小田だった。
 神奈川県警刑事部管理官兼警備部付の田村利洋(たむらとしひろ)警視が、携帯電話を手に戻ってきた。小田や酒井と同じ慶長大学卒業。工藤の後を引き継ぎ、昨夜以降この連絡所を預かっている。
「東戸塚から新たな物証は出ていない。ビルの所有者が、早く取り壊したいと陳情してきたよ」
「曰く付きのビルだったとか?」
 コーヒーを手に腰を降ろした田村に、小田は井出には絶対見せることのない、穏やかな微笑を向けた。
「テナント契約の目処もついていないそうだ。ビル建設前の駐車場に戻る可能性が大だな」
 小田は苦笑した。
「関係者も気味悪いんだろう。気持ちはわかるが……」
「そうだな。しかし狙撃犯が、あの片桐幸子だったとは」
「押収した遺留品を科捜研に送り、DNA鑑定の最中だ」
「三十年前のパターンか。ただ洗脳は失敗、あの金賢姫(キムヒョンヒ)を教育した田口八重子(たぐちやえこ)のように、朝鮮人工作員の教育係に転用したとか?」
「そうだったな」
「でも新潟では写真も配布、大々的に捜していたよな?一年前戻っていたのに、なぜわからなかったんだ?」
「整形して入国したようです」
 同室していた磯貝が会話に割り込んできた。
「君、その情報はまだ裏付け中だぞ」
 原がたしなめる。彼らは先刻警備本部に戻り、小田に報告を終えたばかりだ。
「すみません」
 小田も苦笑した。
「軽率だな。田村管理官の注意を引いてしまった。聞きたくて仕方ないと顔に書いてある」
「別にいいよ」
「磯貝君、話してやってくれ。明朝には全体に広げることになる」
「片桐幸子と中川早紀の同一人物説浮上後、我々は再入国手口の解明に着手しました。松嶋早紀の居住地は横浜近辺のため、過疎地の沿岸に多い密入国ルートではなく、別の日本人に化け堂々……」
「日本人という根拠は?例えばドミニカ人はビザなしで入国できるから、工作員がよくなりすますらしいが?」
「その可能性も考えましたが……覚えていらっしゃいませんか?二〇〇一年五月……」
「金正南(キムジョンナム)の密入国騒ぎか!金正一の長男の……」
「そうです。少なくとも以降その手口は危険だし、同じ日本人なら化けるにしてもリスクは小さい。そこで松嶋早紀の交通事故から逆算、同年代女性の入国記録をチェックの上、消去法でやっと一人に絞りました。浮田秀美、三十一歳、OL、横浜市青葉区あざみ野南二丁目在住。同月中旬、観光ツアーで中国から帰国、数日後に自殺」
「中国……?」
 思わず顔を見遣った田村に、磯貝は頷き返し言葉を続けた。
「この途中……四泊五日の北京・上海コースだったのですが、同室の女性が北京のホテルで病死」
「……続けたまえ」
「吉川典子(よしかわのりこ)、三十二歳、OL、死因は心臓発作。遺族が現地に飛ぶなど混乱はありましたが、ともかく予定通り旅行を続け帰国。五月十六日に帰国。鄭栄秀も同日の同じ便で入国。こちらは通関時に中国のパスポートと職業資格証書を提示しています」
「職業資格証書?何だ、それは?」
「優秀なエンジニアやコックに与えられる技能証明書で、面倒な出国手続がこれを持っていれば簡単に通るんです。当然容易に手に入る代物ではないのですが最近は偽造・出国まで請け負うブローカーが暗躍し、日本円で千五百から三千あれば簡単に手に入ります。鄭の場合も恐らくこれでしょう」
「つまり彼女は浮田秀美、そして松嶋早紀と五日間に相次ぎ二度整形したと?肉体的に無理がないか?」
「一回目は早めに済ませたのでしょう。旅行会社のデータベースに侵入、身代りをピックアップずれば、二回目の整形、すり替り、入国まで一週間で充分です」
「自殺というのも口封じかな?死亡時の状況は?」
「帰国以降自室に籠りきりで家族も漠然と心配、死亡の報せを聞いた第一声も『自殺だったのですか』で、警察も発作的な自殺と断定。勤務先には帰国後休暇を延長する旨、本人を名乗る電話がありました」
「アリバイ工作……かな?」
「恐らく。ともかく家族が失踪同日通報、警察が捜索を開始したが最悪の結末……というわけです」
「……」
「失踪が五月二十日、投身自殺が二十一日、事故が二十日。失踪後直ちに整形、すり替わったとすれば時間的な辻褄も合います。外部との不審な通信記録はありませんでしたが、前もって打ち合わせておくかプリペイド携帯電話など別途手段を確保しておけば問題ない筈です」
「その事故も狂言かな?轢き逃げだったとか?」
「はい。犯人は逃亡中、車は盗難車でした」
「で、本物は消されたか……いや、拉致か?」
「恐らく。それも以前は日本海側での発生が定説でしたが、今ではそうとも限りません。例えば環状八号線、甲州街道を通り、長野の信濃大町から日本海に抜けるルートがあります。我々は『大町ルート』と呼んでいるのですが北朝鮮は全国にこういう工作ルートを開拓しており、実際、沿線で不審な失踪が複数発生しています。松嶋早紀の場合は勤務先の法律事務所が国道十六号線付近。ルートこそ違いますが条件は同じなんですよ。記憶喪失も、怪しまれた場合の口実でしょうね」
「そう言えば彼女を診察した医師も不審火で焼死だったな。しかし三名も犠牲者……」
「四名です」
「え?」
「言いましたよね?北京のホテルで彼女の……」
「ルームメイトか!……一服盛ったか?」
「それとも、すり替わった片桐幸子か。日本人同士、飲食物を勧められれば怪しまず口にしたでしょう」
「詳細はわかったが、一度頓挫した日本人工作員計画をなぜまた蒸し返してきたんだ?」
「確かに洗脳がうまくいかず一旦打切り、しかしその後東欧の社会主義政権は次々と崩壊、一方ワールドカップ日韓共催。実際は開催権争奪戦にFIFAが出した妥協案だったのですが金正一は日韓の急速接近と解釈したか、この頃進展しかけた日朝関係も再度硬化しています」
「待ちたまえ。では狙撃計画自体が金正一の指示だと?最初は彼自身が来る予定だったんだぞ?」
「だが実際に来たのは黄沢究です。そして鄭らがその名前をやり取りしていた。ドタキャンのずっと前からね」
「黄は金正一に最も近い親族だが……つまりお家騒動か?」
「恐らく。そこで日本に公式派遣。ドタキャンは名代という箔付け狙いでしょう。しかも犯人が警官の妻となれば……金正一の考えそうなことだ。例の金賢姫も日本人を装ってましたし。
 わかりますか?日本の陰謀に偽装してのライバル抹殺、それが本事案の真相なのです。成功時はそれに乗じ外交攻勢、いやそれ以上のことも考えているかも知れません」
「しかし……これが公になれば致命傷だし、サロメ、李芳姫と、計画阻止に動いているのはどう説明する?」
「諜報活動は金正一が全て掌握、その許可なくこういう重大計画が動くことはあり得ません。阻止の姿勢を見せているのは失敗した時の逃げ道でしょう。第一まともな判断力のある相手がテポドンを撃ってきますか?」
「テポドン?人工衛星の打上げ失敗という平壌の公式発表は?アメリカが追認したから私もてっきり……」
「あれが弾道ミサイルだったのは公然の秘密です。それに、当時のアメリカは民主党政権ですよ」
「――」

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