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2008年5月22日 (木)

Time Up:十三.銃声(上)

 中川が二階西スタンドの屋根裏に入ると、処理班が既に作業を進めていた。
 一時五十五分で飲食物の呼売りは打ち切られるので、販売員を装うのは今のように難しいが、一般観戦客ならゲートさえ通過すれば、巡回中の警官・警備員も見逃す可能性が高い。スタンド入口でのチェックも、斎藤が解き明かした徳田信枝逃走計画と同じトリックを使えばいい。
 つまりチケットを入手した共犯者が入場、二人に検札済のチケットを渡した後は、洗面所などに潜む。二人は手にしたチケットでスタンドに入り、席に着いて時を待つのだ。ほぼ満席のスタンドで、座席番号でもわからない限り、二人の所在を特定することは不可能に近かった。
 最初に爆発物が発見されたのは東側。間もなく西側でも一個目を発見。スタンド奥の通路前、斜めに延びた直径約一メートルの支柱先端にダイナマイト一本を電磁石で固定、無線のアンテナが氷柱のように突き出ていた。
「うまく仕掛けたな。これなら、どの方向からも電波をキャッチできる」
「屋根裏になりますが、侵入したのでしょうか?」
「いや、天井の四隅に隙間がある。投げ縄の要領でロープを引っ掛け引き上げたんだ。一、二個所の爆発で屋根が倒壊することはあるまいが、全体に仕掛けられていたら……」
「八十四分(ぶん)の二十……では、支柱四つおきぐらい?」
「多分な。とにかく一個でも多く処理しよう」
 観客の視線を気にしつつ爆発物解体に着手。階段入口は立入禁止だが機動隊の盾は外側だから、爆発すれば屋根裏の中川達は一巻の終わりだ。
 一つを片づけると、左右に折れ曲がり続く薄暗い通路を移動。試合は、交替した日本側キーパーが失点を許さず、双方とも無得点のまま前半終了。公式戦顔負けの緊迫した展開に観客も気を取られ、通常にない警備の配置と動きには全く気づいていないようだが、それで得をするのは狙撃犯や爆破予告犯も同じなのだ。
 二個目はやはり四つ先の支柱で発見。班長は全処理班に支柱四本毎のチェックを指示した。
 屋根中央のブースに入ると、窓からは広いグラウンドが箱庭のように一目で見渡せた。室内を隈なく調べたが異状はなく、東側ブースも同様との報告に拍子抜けしつつ一同が部屋を後にしようとした時

――港北警察署からのお報せです。

 との場内アナウンスに皆は顔を見合わせた。スタンドの大型スクリーンには、鄭の顔写真が表示されていた。

――先日より発生しています連続殺人事件につき、容疑者の身許が発表されました。お心当りの方は至急最寄の警察までご一報下さいますよう、ご協力をお願いします。

「女の共犯者がいたんじゃありませんでしたか?」
 中川にちらと目を遣った班長が、班員の言葉を咎めた。
「おいっ……ともあれ、逮捕状は間に合ったようだな」
「プレッシャーか。でも、逆効果になったりしませんかね?」
「大丈夫だろう。プロの工作員なら、この程度で暴発すまい」
 そう話していた処理班員の一人がふと、床から小さな紙片を拾い上げ
「あれ?去年のJリーグのチケットだ。何でこんな所……」
 中川は心臓が止まりそうになった。驚く処理班員の手から紙片をもぎ取る。表には覚えのある開催日時。震える手で裏返した中川の目に見覚えがある筆跡が飛び込んできた。

 N―XXX―XXX
 W―XXX―XXX

 ロスタイム直前のスタンドでは、北朝鮮ゴール前に上がったボールを、いつの間に現れたフォワードがヘディング。ふわりと浮いたボールはすがりつくキーパーを嘲うように放物線を描き、ゴールへと吸い込まれていった。
「どうした?」
「あの――ここの警備配置は何時ですか?」
「今朝だが?正確には九時十分から待機しているよ」
「昨夜は?」
「夜間か?いや、無人だった筈だ。もちろん施錠していたが」
「じゃあ、これは誰が?」
「さあ……」
 ブースに詰めていた捜査員の言葉に、中川から血の気が退いていった。
「昨日の競技場全体チェックでは、このブースも?」
「ああ。間違いない」
「最後にチェックしたのは何時ですか?」
「ここは……確か八時過……」
 捜査員がそう言った時乾いた爆発音が反響。見ると北側の屋根裏から白煙が立ち上っていた。
「どうした?」
 班長が無線機に怒鳴った。
――N二三エリアで爆発。例のダイナマイトの模様。
「被害は?」
――取り付け部に約五十センチの亀裂。構造物へのダメージはない模様。人的被害は未確認。
 ブース窓から見下ろすと、暴行を働いた北朝鮮選手の退場処分で騒然としていたスタンドが、今の異変にざわついている。グラウンドでも審判が試合を中断、選手が不安げに立ち尽くしていた。
 無線に小田が割り込んできた。
――今の爆発は何だ?
「北スタンド屋根裏の推定二個所。被害状況は確認中」
――爆発物は処理中だったな。進捗は?
「東スタンド、南スタンド、状況を報告」
――東スタンド、全ポイントをチェック。処理爆発物は五個。
――南スタンド、十五個所をチェック。処理爆発物は四個。
「西スタンドは九個所をチェック。処理爆発物は三個」
――マルタイは貴賓室に移動。それと鶴見署管内、東洋石油京浜埠頭で徳田信枝らしい女性を確保。
――試合は続行ですか?
――主催者に確認中だ。
――しかし、狙撃犯は依然所在……
「それなんですが……」
――中川か。どうした?
「二階西スタンド奥のブースに、鄭が侵入した形跡」
 中川の言葉に、居合わせた処理班や捜査員が仰天した。
――……西スタンドのブースと言ったな?爆発物は?
 小田が問い返してきた。
「ありません。今、確認しました」
――VIP席を狙うなら東側じゃないのか?西側からでは二階スタンドに遮られ死角だぞ?
「しかし、昨夕から今朝まではノーマークだったそうです。その間に潜入、ここで夜を明かしたのでは?」
――侵入したという根拠は?
「床に紙片。裏に書込み。筆跡が早……片桐幸子と酷似」
――……内容は?
「英数字が二列。N―XXX―XXX、もう一つはW―XXX―XXX」
――スタンドの座席番号では?NにWなら北と西ですね。
 割り込んできた警備主任の言葉が、中川の頭の中で弾けた。視線の先、西二階スタンド中央最前列の放送席両脇には、切欠けがあって……
「正確な位置は、わかりますか?」
――西は二階ホーム寄り、前から三列目。北は一階バックスタンド寄りの中程です。
「三列目……その席から、VIP席が見えませんか?」
 数秒の沈黙の後、最悪の答えが返ってきた。
――見えますね。
 警備主任の言葉を聞いていた、工藤の携帯電話が鳴った。
――小田だ……聞いたな?
「聞きましたが……間違いないのでしょうか?所轄……」
――無駄口を叩いている時間はないと思うが?
「わ、わかりました」
 工藤は防災センターを飛び出した。先行した捜査員からの無線報告が入ってくる。
――空席でした。入場したかどうかも確認できません。
「そうか……SATは、各ゲートに一小隊ずつだったな?」
――はい。
「東と南の小隊は西ゲートに先回り、警護支援。北の小隊は一階北スタンド、西小隊は二階スタンドを警戒。CRAWは該当範囲のスタンドをローラー。急げ!」
 その時大きな爆発音と共にブースの窓ガラスがびりびりと震え、外を見ると移動式のカメラが火を噴いていた。スタンド屋根に渡したレールに吊り下げ、グラウンドの試合を中継する物だ。
 中川は、無意識にブースを飛び出していった。

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