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2008年4月11日 (金)

Time Up:六.失踪(下)

 聞込みの結果、柳が数日前、川崎駅前のホテルにチェックインしたと判明。都内滞在中だった彼が別途行動拠点を確保していた点に、警察は注目した。
 客室備付けのメモ用紙には、四桁の数字の走書きが残っていた。他にめぼしい遺留品がないまま聞込みに出た捜査員が、駅東口地下街の一角に注目したのは四十分後。鞄を描いた看板。コインロッカーの標識だ。
 看板脇に口を開けた狭い通路を通り、中に並ぶロッカーの林に入っていく。地下街のロッカー室は合計三個所。最初と二番目で該当する番号は見つからず、二人は最後に、ホテルに一番近いロッカー室に入り……
「あったぞ!」
「本当ですか?」
「間違いない。ホテルにあった番号だ」
 だがその時、二人は突然なだれ込んできた男達に囲まれ、狭い空間で彼らと顔を見合わせ――
「あれ?お前達、何でこんな所にいるんだ?」
「お前らこそ、何なんだよ?」
 二人を囲んだのは川崎署の捜査員だった。
「ここが麻薬取引に使われると、今朝電話の通報(タレコミ)があって張り込んでいたんだ」
「麻薬取引?」
「ああ。でもお前達は、新川崎の変死体を調べてたんじゃ?」
「そうだがホテルの客室に番号が残っていて、それがここではと思ったんだが……開けて見るか?」
「……待て、爆発物かもしれない」
「まさか――」
 二人は顔色を変え……同僚達の失笑を買った。
「その必要はない」
「……ああ、もう調べたのか。で、結果は?」
「まあ、見てみろよ」
 マスターキーを借りて開かれた、ロッカーの内部は空だった。

 磯貝を送り届けた中川は、ホテル・グレコに電話を入れた。早紀からは連絡がなく、駐車場には不審車の目撃情報……じっとしていられなかった。フロントから客室を呼び出してもらったが応答なし。
「外からの連絡はありませんでしたか?」
――はい。外線は一切取り次がないよう特に承っておりますから、それはもう……
「外に連絡した形跡はありませんか?交換台を通した分だけでも結構ですので……」
――かしこまりました……もしもし、今確認しましたところ、室内から外線への通話記録はございません。ただ、携帯電話ですとか、ロビーの公衆をお使いの場合は、こちらではわかりかねますが……
 フロントマンも不穏な匂いを感じたか、声が上ずっていた。
「そうですか……あの、室内の様子の確認はお願いできますか?」
――それは……少々お待ち下さい。
 ハンドルを指で叩きながら苛々と待つ中川に、加藤が話しかけてきた。
「どうした?」
「早紀が尚子の部屋を昨夜飛び出したきりなんだ。ホテルに戻ったかもと思ったんだが……」
「昨夜?まさか、俺の電話とは関係ないよな?」
「さあ……」
 中川が説明に窮したその時、携帯がまた喋り出した。
 長い保留音の後に出てきたのは、チェックインの時に中川がいろいろ注文を伝えた支配人だった。
――もしもし、お部屋を確認したいとのことですが……
「できますか?」
――それは、可能でございますが、ただお客様のプライバシー上、私共だけで立ち入りますと問題になりますので、大変恐れ入りますがもし中川さまがよろしければ、確認の立会いをお願いできますでしょうか?
「わかりました。今、実は駅前でして……早ければ五分後にはお伺いできると思いますが」
――結構でございます。それでは、まずフロントのほうへお越し下さいませ。
「わかりました。その際はあらためてご連絡します」
 一度電話を切り、署にかけ直す。早紀がホテルにも戻っていないと聞いた柳沢は、電話の向こうで唸った。
――そう言えば、例の不審車も現れているか……まあ目と鼻の先だし構わんが、済んだらすぐ戻って来い。警備連絡所の引越やら聞込みやらで、猫の手も借りたいくらいなんだ。
「了解。ありがとうございます」
 覆面パトカーのハンドルを加藤に引き継ぐと、徒歩でホテル・グレコへ。フロントには支配人がフロアーの責任者、警備員と共に中川を待っていた。
「お待ちしておりました」
「ご迷惑をかけます。早速お願いできますか?」
「かしこまりました。ではご案内させていただきます」
 客室へ向かうエレベーターで中川が無意識に取り出し嵌めた手袋に、乗り合わせた老夫婦がぎょっとした顔をし、支配人はまずいと思ったが今更脱いでくれとも言えなかった。中川だけが全く気づかなかった。
 スペアキーで客室に入ると、一昨日は散らかっていた室内が妙に片づいていた。尤もスーツケースも、クローゼットの衣類もそのまま。引き払ったという感じではないが、とにかく早紀はあの後この部屋に戻り、再び姿を消したのだ。文字通り身一つで。

 警備連絡所移設などでごった返す署に戻ると尚子は鶴見署へ引き返しており、中川も磯貝と共に、今度は捜査員としてホテル・グレコへ向かった。
 加藤が睨んだ通りだった。フロントの記録だけで斎藤は夜間外出が五回、外線電話が受信、送信共三件ずつ。だがその他に、支配人は重大な事実を明かしたのである。
「実は四回目に外出された際、お連れの方がいらっしゃいまして……」
 支配人は中川をちらりと見て語尾を濁した。
「……家内ですか?」
「はい」
 磯貝が、何の話なの?と言うように中川のほうを振り向く。
「どこへ出かけていたか、わかりますか?」
「さあ、そこまでは……一時間前後で戻られましたので、付近でお食事なさった程度かと」
「そうですか……」
 これだけなら斎藤が気を利かせたとも考えられるが、五回目の外出後斎藤は戻ってこなかったのだ。永久に。
「五回目の外出時、家内のほうはホテルにいたんですね?」
「さあ……午前一時以降は、フロントの担当者も事務室待機でして……ただ監視カメラが常時作動していまして、出入りがあれば映っている筈です」
「調べさせていただけますか?」
「わかりました。当日のテープを持ってまいります」
 同夜フロントで早紀の出入りが目撃されていなければ、外出したとしてもその後、正確にはフロント業務を再開する午前四時半までの間ということになる。磯貝と中川は映像をチェックしたが、問題の三時間半に、怪しい人物が通過した形跡はなかった。
「他に出入口はありませんか?通用口とか、非常口とか」
「両方を兼ねた出入口が一階裏にありますが、常時警備員がおり、出入りがあればわかる筈です」
 当日担当のフロントマンと警備員も、早紀らしい人物の外出は目撃していないと証言。半ば安心し、半ば戸惑いながら磯貝と中川は署に戻った。
「事件当夜、中川夫人は外出していなかったんですね?」
 刑事課で柳沢が磯貝に確認した。課長の加藤は二度目の川浚いの指揮で不在だ。ここ数日は生来落ち着きのない彼があちこち動き回っている代わり、柳沢が事実上刑事課を仕切っていた。尤も実際に指揮するのは警察庁と県警で、キャリアと言っても所轄の人間である柳沢や加藤は、半ばすることがないのが実情だったが。
「はい。監視カメラにもフロント通過の形跡はなく、通用口は内側から施錠されていました。偽証か、映像に細工でもしていれば話は別ですが」
「ただ、斎藤警部も殺された直後だし、放っては置けない。所在確認を手配しましょう」
「昨夜失踪した後、保土ヶ谷方面に向かった様子はないようです」
 中川が補足する。
「しかし、そうなると山の中に入ったことにならないか?」
「ええ。今朝も尚子とそれを心配していたんですが……」
「とにかく報告だ。磯貝警部もお願いします」

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