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2008年4月 5日 (土)

Time Up:六.失踪(中)

 朝、中川が出勤すると尚子が席にいた。やはり鶴見署の事案は聞込み範囲拡大だという。気まずい沈黙に、知らぬ振りも白々しいと思っていると、尚子のほうが先に口を開いた。
「彼女から連絡は?」
「ない。ホテルにも戻ってないらしい」
「こっちもだめ。派出所も彼女らしい通行人は見てないって」
「でもあの派出所からは一本道だよな?戻っていない、通ってもいないじゃ、あとは山しかないが……」
「うーん……あ、買出しで財布空っぽ。預金下ろさないと」
「……」
「……ねえ、あの時、私達、誤解されるような状況だった?」
「うーん……言われてみるとそうは思えないけど、彼女がどう受け止めたかの問題だからねえ」
「何か違うような気がするけど……参ったなあ、柳沢課長にばれたらどやされるわよー」
 尚子がそう言ったとたん、背後からの
「誰にどやされるって?」
 という声に二人は飛び上がった。
「柳沢課長!お、おはようございます」
「奥さんのことか?……どうした?」
「あの……逃げました」
「あァ?」
 柳沢は、口をあんぐりと開けた。
「買物に出ていたらしく部屋を空けていたんです。で、二人で居たところに帰ってきて……」
「お前達が一緒にいたのを見られた……わけか?」
「……はい」
「馬鹿か、お前達は」
 柳沢は苦笑した。早紀ばかりか、彼も誤解したようだった。
「しょうがないなあ……わざわざホテルから移した意味がないじゃないか?」
「すみません」
「では早速だが、これから新川崎に行ってくれるか?」
「新川崎……そう言えば未明、不審な死体が出たとか?」
「どうも朝鮮人らしい。磯貝警部が確認に出向くそうだ」
「わかりました。尚子は……鶴見署戻りだったな?」
「うん」
「そうか。じゃあ」
 中川は何の気なしに、磯貝を迎えに階段を上がっていった。

 JR横須賀線新川崎駅脇空き地の爆死者が北朝鮮政府関係者らしいと判明したのは、早朝のことだった。
 横須賀線は東京―大船(おおふな)間を東海道線と併走しているが、品川―鶴見(通過)間だけは大きく山側に迂回している。一九八〇年、それまでの貨物線にルートを変更したからだ。ここにあった新鶴見操車場も現在は旧日本鉄道建設公団清算事業団所有の貸地。それも大部分は草地のままで、住宅や工場が密集する中にぽっかり穴が開いたようになっていた。
 幸警察署への第一報は午後十一時四十二分。現場は空き地を区切る跨線橋に挟まれた、最も幅の広い個所。一面に雑草が膝丈まで生い茂り、死体があるなど昼間でも遠目にはわからない。確認を終えた磯貝は警備連絡所に連絡を入れた。
「間違いありません。都内で失踪した柳慶国です」
――通商部副部長に随行し訪米中だったとか?
 小田はもちろん柳の日本滞在を知っていたが、そんなそぶりはおくびにも出さない。
「ええ。その帰途に入国していたようです」
――死亡推定時刻は?
「鑑識の推測は午前〇時頃。遺体に乱れはなく、ここまで自分で歩いて来たようです」
――死因は?第一報では爆死と聞いたが?
「間違いありません。爆発による内臓破裂です」
――自爆テロか?いや、無人の草地でそれはないか……
「ですから他殺の線が一番強いですね。強いて言えば誰かを抱込み心中しようとしたか……」
――足取りの見当は?あたりが住宅街なら、目撃情報も割とあると思うが……
「聞込みはこれからですが、付近で不審な人物や車が目撃されていないか注意してみます」
 その無線へ、鶴見署の殺人事件捜査本部が割り込んできた。
――事件に関係あると思われる不審車を見つけました。
――本当か?どこだ?
――新横浜駅前、ホテル・グレコ脇の無人駐車場。住所は新横浜三のX……
 何気なく聞いていた中川は、びくりとした。
――詳しい状況は?その車は、まだそこにあるのか?
――いいえ、今朝六時頃現れて、すぐ出て行ったそうです。
――乗っていた人物の特徴は?
――そこまでは……目撃したのは向かいのコンビニ店員。羽沢方面に走り去ったそうです。
 犯人らしい人物が今朝、何と港北署の目と鼻の先に現れたとは。それも確か、早紀をホテルに移した際の駐車場……偶然だろうか?

 小田は報告を受け考え込んだ。あの男、柳慶国が単なる盧通商部副部長の護衛とはもはや思えないが、とにかくこういう最期を遂げた意味を即断するには情報が少なすぎる。
 不審車の監視映像チェックを指示した後屋上で井出に電話。工藤が電話していた場所とは知る由もなかった。
――……例の件と関係あるのかな?小田君、君の考えは?
「この状況で無関係とするには不自然とだけは言えます」
――そうだな。だがその場合、君の……
「責任ですか?」
――そうは言っていない。
「……」
――別に責めてはいない。行過ぎもあったように思うが、君の発言は正論だった。あの提案をあっさり呑んでいれば、日本の警察はくみ与しやすいと思われたろう。
 井出の言葉を、小田は文字通りには受け取らなかった。あの夜殆ど発言しなかったのも、問題となった場合の逃げ道だろう。その際、何が正論かなどは問題にされまい。
「……ありがとうございます。問題はサロメへの依頼がストップされるかどうかです」
――君はどう思う?平壌は断念するかな?
「しないと思います。最初からそのつもりで、サロメという一流のプロに依頼した筈です。何としても狙撃を阻止したいと言っていた、これは本音でしょう。問題はその過程で新たな犠牲者が出かねないことです」
――同感だ。今の状況で平壌がカードを手放すとは私も思えない。だが小田君、ここは思案のしどころではないかね?日本の立場に関わるからあの夜は言わなかったが、このカードが狙撃犯への牽制にもなるのだから。
 小田は受話器を持ち直した。
「方法論として賛成しかねます。一度こういう前例を作ると、今後に禍根を残します」
――君の意見は覚えておく。それと、我々が被害者と会ったことは絶対に秘密だぞ。
 井出の声が明らかに不機嫌になっていたが、工藤のように一々機嫌取りに廻るつもりはなかった。
「しかし、何も情報がないと警備にも支障があり、サロメ絡みとだけ下ろしてマスコミにも身許……」
――いや、平壌の了解を得てからだ。先日は先方から接触してきたくらいだから問題ないと思うが、稲生氏の時のような騒ぎは避けたいからね。
 稲生課長補佐の身許をスクープしたのは、第一発見者の知人だった「テレビ横浜」役員と判明。大手テレビ局「パシフィックテレビ」系列局だが、たびたび独断でスクープを流すなど業界内の問題児だった。
「わかりました。ところでサロメとは別に、例の……」
――李芳姫(イバンヒ)かね?そう、君は昨夜直接会ったんだったな。
「はい。平壌の政情も不透明ですし、問題が発生した場合日朝二国だけでは対応が難しくなります。CRAW(クロウ)も準備していますが、それだけでは不充分かと」
――そうか。ただ、CRAWもだが両刃(もろは)の剣(つるぎ)にならないよう、投入のタイミングは難しいが……
「それと、稲生課長補佐の死体ですが、競技場付近で目撃証言が出てきました。鑑識の死亡推定時刻とも一致、これから再度の現場検証を手配します」
――確かそこは一度調べた筈だな?もし今回何かあれば、最初は何をしていたのかということになるが?
「……」
――まあいい。何か進展があったら、また報告してくれ。
 井出は言いたいだけ言って電話を切った。

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