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2008年4月14日 (月)

Time Up:七.暗転(下)

 五月十五日午前四時前後、神奈川県逗子市葉山町。
 国道一三四号線から乗用車が転落、炎上。相模湾岸にせり出したカーブに停止中で、気づかなかった後続車が追突したのだ。逗子警察署は当初単純な事故と考えたが、その後転落した車が港北署で手配中の盗難車と判明、大騒ぎとなった。
 現場はトンネルを出た直後の急カーブで見通し最悪の事故多発地点。警察もミラー設置など対策を講じていたが、後続車の運転手は追突された車の全照明が消えていたと供述した。そして、車内にも周辺にも遺体や負傷者は見当たらず、不審者の目撃情報もなし。単なる事故ではもはや済まなくなってきた。
 約一キロ東にはJR逗子駅と京浜急行新逗子駅があり、警察は運転手が車を捨てた後、どちらかから乗車したと推測。捜査員が両駅へ急行したが、目ぼしい目撃情報は一向に得られなかった。

 朝の会議で、鶴見川から発見された銃弾の鑑定結果報告。ベルギー製ブローニング自動拳銃。表面に、微量の血液反応が残留。血液型はB型、下流に死体が挙がった稲生課長補佐の物と同一だ。これで彼が鄭に殺害された可能性が一層強まったことになる。
 新川崎で爆死した男の身許は、朝鮮人・柳慶国と確定。渡米していた政府高官の護衛で、どうやらその高官が例のサロメとの窓口だった模様。そのサロメの消息は依然不明。要点は謎ばかりのまま、中川達現場捜査員にとって、事態は不本意な方向に向かいつつあった。
「奥さんの行方はまだわからないのか?」
 会議終了後、柳沢がついでという感じで訊いてきた。
「はい。ホテルにも戻っておらず、連絡もありません」
「心当りは全部当たったのか?」
「こちらの知人も、それぞれの実家も全て当たりました。高松の彼女の実家からは、お父さんが今日上京されるそうです」
「例の無言電話との関連はないのかな?」
「自分もそう思ったのですが、ホテルにはなかったと……」
「あったのかもな」
「えっ?」
「わからんか?心配させまいとして黙っていたのかもしれないぞ」
「……言ってくれればよかったのに……」
「捜索は後回しとして、各自身辺には気をつけてくれ。斎藤警部に続き飯田君までこうなると……」
 柳沢はそう言い、一輪挿しが中央に置かれた机をちらりと見た。
「情報が漏れていると――」
 それまで話を聞いているのかいないのか、押し黙っていた加藤がうめくように言った。
「私も考えたくはないが、調査も始まっているかもしれん。とにかく今言えるのは斎藤警部と飯田君の殺害犯が、それは鄭の可能性が高いが未だ逃走中ということだ。それも多分、斎藤警部の拳銃を所持したままな」
「奴は今、どこにいるんでしょう?例の不審車、監視カメラの映像からナンバーを読み取って照会した結果、一週間前に八王子で盗まれた物だったとか?」
「うむ。横浜へは国道一六号か、川崎街道から四〇九号のどちらかと見て聞込みを開始している。あとは昨夜、東戸塚からの足取りだ。どちらも当面は各管轄の報告待ちだが、実は磯貝警部から気になる話を聞いてな」
「さっきの会議に出なかった話ですか?何でしょう?」
「発見現場は海岸線まで岩が突き出た磯で、問題の車はその岩の一つの上に落下した状態で発見されたんだが、その助手席ドアの把手から硝煙反応が出たそうだ」
「助手席?ではその車に乗っていたのは複数名……」
「その可能性が高い。運転席には指紋も残っていたから、運転席の硝煙反応の一部を拭き忘れたわけではないようだ」
「そうですか」
「あと、飯田君の通夜と告別式は鎌倉の実家だそうだ。全員、用意しておけ」

 鄭は一人、小田急江ノ島線を北上する普通列車に乗っていた。幸子は数本後の列車で追って来る筈だ。
 事の起こりは三輪銀行の口座閉鎖。銀行に確認すると、警察を名乗る女性から不審な電話があったと言う。異変を直感し東戸塚のアジトに戻った鄭を、保土ヶ谷から山を越えてきた幸子が待っていた。その口から、警察が口座番号に関心を持ったと知った鄭は、翌々早朝のアジト放棄を決めたが、その支度中携帯電話が鳴り……
「本多です」
――鄭少佐ですね?
 聞きおぼえのある相手の朝鮮語に、鄭は心臓をえぐられる思いがした。
「許――貞恵(ホジョンヘ)か?……今、日本だな?」
――お察しの通りです。あれから、もう十年になります。
「……それでお前は、私の支援に来たのか?それとも……」
――残念ながら、阻止するためです。
「お前にできるのか?私はお前の教官でもあったのだぞ?」
――そう指令を受けています。
「そうか……ふ、是が非でも粛清しようということか」
――今なら間に合います。
「どういう意味……そうか、中止しろと?」
――そうです。ご承知下されば指令は無効……そういう条件でこの任務を引き受けました。
「本当に無効になると思うか?」
――……
「……お前もわかっている筈だ。黙って、国に帰れ。優秀な人材のお前を無為に死……」
――そんなにあの女のほうがいいのですか?
「何だと?」
――あの女は日本人です。少佐はその女のために……
「違う。彼女はあくまで……」
――手段ですか?
「……彼女も承知の上だ」
――そうですね。彼女が今も少佐に従っているのは人質……
「何が言いたい?」
――何も。我々もやっていたことですから。
「……」
――南鮮も日本も察知しています。少佐もお気づきの筈です。私が失敗しても誰かが指令を実行するでしょう。この意味はわかりますね?
「……」
――お願いです、私と一緒に祖国に戻って下さい。私は……
 飯田と言う女刑事が踏み込んできたのはその時だった。幸子の機転で切り抜けたが、危険を察知した鄭は直ちにアジトを放棄。決行直前になって、次々と障害が立ち塞がってくる……

 同日午前、合同警備陣に合流した、鄭と瓜二つの韓国陸軍士官に日本側メンバーはまたも驚かされた。
 崔泰映(チェテヨン)少領(少佐)。数日前朴課長が話していた鄭の、他ならぬ脱北した双子の弟。姓が違うのは韓国の親類からもらったのか。女性の軍人が同行していた。李相美(イサンミ)大尉。副官と紹介されていたがそれだけの筈はなく、恐らく監視も兼ねているのだろう。
 午前、北朝鮮政府は外交ルートを通じ、金正一総書記の訪日中止を日本政府に通告。但し政府訪日団は予定通り派遣、そのトップは黄沢究・副主席兼最高人民会議議長(国会議長)となることも併せて伝えられた。日本当局はこれに半ば当惑、半ば安心。前者は、日本がまた軽視されたという悪印象、そして後者は、狙撃計画の自然消滅への観測。名代が黄沢究というのも、日本側を失望させなかった理由の一つだった。
 金正一の同母妹の夫、つまり金正一の義弟で、金の叔父が引退した後は金一族のナンバー二。外交・財政にも明るく、国外の評価はむしろ金正一以上。王長耀亡命で空いた最高人民会議議長職を兼ねた今は政府のナンバー二でもある。そういうわけで外務省を始め日本政府には、当初以上の期待が広がっていた。翌日発見される暗号文が、そのような甘い期待を吹き飛ばすとは露知らず。

 中川が尚子に替わって赴いた鶴見署も、二転三転する事態に慌ただしい動きをみせていた。程なくここもまた、公然と警備本部と連携行動をとることになろう。黄副主席の到着をいよいよ明日に控え、全警備関係者の緊張は最高潮に達しつつあった。
 そういう時中川に、港北署から呼出しがかかった。出頭先は、早紀のアパートとのことだった。

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