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2008年3月 6日 (木)

Time Up:プロローグ(下)

 同日夕刻。
 中川隆行巡査部長(なかがわたかゆき)の運転する乗用車は隣席に新妻の早紀(さき)を乗せ、環状二号線を一路北上していた。鶴見川の末吉橋から磯子まで、横浜市郊外をぐるりと貫くこの道路は片側二~三車線、急カーブも少なく、所々思い出したように現れる信号がなければ、料金不要の一般道とは思えない。
 中川は今年三十四歳。殉職者を親類に持つ母の反対から一般企業に就職、しかし不景気を背景に中途採用に挑む彼を病床の母は止めなかった。その母も亡くなり数年、職務にも馴染んできた。
「悪いねえ、休日に」
「いいええ、昨日のお礼代わりですから」
 中川の言葉に答えたのは後部座席の斉木だった。長髪を非番とて梳き流し、三日月眉の下、切れ長の目尻が少し吊り上がった美人だ。
「それより荷物少ないですけど、着替えとか困りません?」
「その時は俺が持って行くから」
「そうですか」
 突然始まった無言電話で早紀がノイローゼになったのは数日前。取るものもとりあえずホテルを急遽手配。日もすっかり沈み、ナトリウム灯が真昼のように照らす路面が金色の大蛇のように、行く手に伸びていた。先程から見え隠れしていた新幹線が左手に並行、下り線路を数色の光の束がすれ違って行く。この線路を跨ぎ、右手に臨むようになれば間もなく新横浜だ。

 四月十八日、東京都千代田区。
 原太一(はらたいち)課長代理ら警視庁公安部外事課捜査員は、外務省アジア大洋州局北東アジア課長補佐失踪の情報に霞ヶ関本庁舎へ赴いた。稲生正賢(いなおまさかた)、五十九歳。任官以来初めて昨日の朝無断欠勤、ところが自宅に問い合わせたところ、通常の時刻に出たと言う。
「所轄には届けていないそうですが、お心当りが?」
「まず、これを見てくれませんか」
「これは……今度の、北朝鮮総書記訪日の日程表ですね」
「問題は横浜滞在の二日目です。当初予備日でしたが、同地開催のサッカー親善試合を……」
「観戦……ですか?随分急な話ですね」
「拉致・核問題から国交樹立交渉も膠着ですし……今回の訪日も、事態打開への突破口狙いでしょう」
「失踪もこの件絡みだと?」
「原因が他には思い当たらないのですよ……警備の都合上石崎(憲二・いしざきけんじアジア大洋州)局長から間もなく準備を要請しますが」
「そう言えば水口(順子・みずぐちじゅんこ外務)大臣も会見で半島情勢を懸念されていましたが、外国絡みでなければ我々外事の出番はありませんし」
「あと、ここのデスクで、気になる物を見つけまして」
 課長が取り出した数枚綴りのメモを、警察の先に触れさせたくなかったがと思いながら原は目を通した。
「何かの名簿……のようですね」
「ただ、共通項の見当がつかなくてね……個々の相手にぶつかるとなると警察の仕事ですから」
 あらためて職場、次いで調べた官舎で手応えはなく、唯一の手がかりはデスクにあったというメモ。片端から洗った結果、チケット個人取引サイトにアクセスしたユーザー一覧と判明。
 幸運だったのは稲生が危険を感じたか、捜査などあれば協力するようサイトの管理人に言い残していたことだった、メモはやはり五月十八日の親善試合関連。買取希望、売却希望へのアプローチ。いくらでも出すというユーザーは特に重点チェック。最高額面七千円のチケットの大半が、ここで倍以上の値段に跳ね上っていた。
 地道な洗出しの結果、捜査員は一人の人物にたどり着いた。本多正勝(ほんだまさかつ)、四十六歳、横浜市港南区在住。横浜市港南区在住。だが売り主との接触に失敗したこの男は、住所からも勤務先の中華料理店からも姿を消していた。

 同日、ニューヨーク・マンハッタン東南隅、国連本部ビルを真北に望む超高層ホテル最上階のペントハウス。
 西日に赤く染まったリビングで、二人の男女が腰掛けている。グレーのスーツの男の斜め後ろには直立不動で、護衛らしいダークスーツの男。女は、黒のブラウスに濃紺のパンツルック。
「で、北朝鮮のお偉いさんが何のご用?」
「近く、総書記が日本を訪問する」
「それが標的?」
「まあ聞きたまえ。確かに狙撃計画はある。その阻止が君の仕事だ」
「なるほど、カードには絶好の舞台ですものね」
 鰓の張った容貌のダークスーツが横目で彼女をじろりと睨んだが、中年の男はむしろ相好を崩して、上半身を乗り出してきた。
「来意もお察しのようだな……なら話は早い」
「なるほど?でもこれで、狙撃計画とやらは確実に阻止できるのかしら?」
 男が内ポケットから出して見せた写真を女は辛辣にコメント、ダークスーツは再び睨むが、男は顔の下半分の微笑を絶やさない。
「我々も手は打っているよ。日本でも、そろそろ関係部署が動き始める頃だ」
 彼女は日没直前の窓際に立った。以前は冬になるとマンハッタン南端、世界貿易センタービルの間に太陽が吸い込まれる光景が見えたものだが。
「まあ、いいわ。指定の口座に一〇〇〇万ドル振り込んで頂戴。それを確認し次第準備に着手します。飢餓に苦しんでいるお国には大金でしょうけど……極上のシャンペンを冷やしてあるけど、前祝いにいかが?尤も、本当にそうなるならね?」

 同日、神奈川県下某所。
 高い壁で囲った空間の一方に、耳当てを着け居並んだ男女が拳銃を構え、もう一方には人体を描いた標的。係官の号令で男女は一斉に発砲、そのたびに落雷のような銃声が轟く。
 彼らの背後で、一人の男がその様子を見守っていた。

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