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2008年3月17日 (月)

Time Up:三.爆破予告(中)

 同夜の捜査会議で、本多正勝なる人物につき報告。港南区上大岡のアパートには依然不在、「十全閣」にも先月十六日以降出勤・連絡なし。
「半月の間行方不明……匿っている女でもいるのかな?」
「そうかもしれません。実はアパートの住人が数度、女性を目撃しています。いつもサングラス姿で、顔を見られるのを避けていたようです。ここ一年は姿を見せていないそうですが」
「そもそもこの本多という男が本星なのかどうか。磯貝君の話通りだと、女のほうも気になるが」
「現時点ではチケット裏取引以外、接点はありません。部屋を見れればいいのですが……」
「わかった。家宅捜索令状申請と、外事の記録チェック。この男が北朝鮮絡みならデータがある筈だ」
 工藤の指示で会議が終わりかけた時
「あの……」
 挙手した者がいた。中川だった。
「何だ?」
 工藤は面倒臭そうに発言を許可した。
「この男、見ました」
「何?」
 工藤は目を剥き、全捜査員の視線に中川はたじろいだ。
「日時は?」
「四月十九日夕刻。都筑区大棚町四五〇、トウェンティーフォー大棚店の正面」
「おい……それ、お前ん家(ち)の近所だろ?」
 加藤が頓狂な声を挙げた。
「本多に間違いないのか?」
 工藤が訊いた。
「そう言われますと、自信はありません」
「もう少し詳しく状況を聞かせてくれ」
「はい。同日十八時半頃同店を訪れ、約五分後、店内より視認。道路の向かい側からこちらを見ており、店を出たところ姿を消していた」
「他の客や、店員を見ていた可能性は?」
「咄嗟に確認しましたが、その男の視線の範囲にいたのは自分だけだったと思います」
「だとすると強盗の下見とか、店自体がトラブルを抱えていた可能性は低いが……君自身、心当りは?」
「公務上、恨みを買うようなトラブルですか?」
「公私全般でだ」
 首をかしげた中川を、尚子が心配気に見上げている。
「傷害を三件扱いましたが、いずれも不起訴処分。事件関係者に、似た人物はいなかったと思います」
「わかった。中川巡査部長は、その三件を再チェック。コンビニには都筑署に聞込みを指示。以上」

 同時刻。
 小田が赤坂Oホテル地下一階のバーを訪れると、井出はカウンター席を過ぎた一番奥のボックス席の下座にいた。テーブルを挟んだ上座には、スーツ姿の男が二人。
「こちらは朝鮮社会主義人民共和国の盧康徳(ノガントク)通商部副部長(経済産業副大臣)、隣は護衛の柳慶国(ユキョングク)氏。訪米からの帰途で、都内に滞在中だ」
 井出の紹介に小田が戸惑いながら名刺を取り出すのを、盧康徳は流暢な日本語で制した。
「今夜我々が会うことは極秘にしたいので、私も勘弁させてもらいますよ……どうぞ、座って下さい」
「失礼します」
 井出の隣席に小田が腰を降ろすのを待っていたように、早速本題に入る。副大臣クラスとなれば井出より上位だが、小田への言葉遣いは気味悪いぐらいに丁寧だった。
「今度の総書記訪日警備の、陣頭指揮を執られるとか?」
「はい」
「狙撃計画があるとか?」
「……つまり、事実だと?」
「否定したら、信用していただけますか?」
 小田が返答に窮し横を見ると、井出は薄く笑っていた。
「最初に、ずばりお伺いします……狙撃計画リークは、お国の意向ですか?」
「ごまかしは効かないようですね。そう、私が井出局長にご相談しました。背景からちゃんとご説明する必要がありますね。続けてよろしいですか?」
「どうぞ」
「実は先日、政府内で大きな人事異動があったのですが、こういう時損をした者はよく、手段を選ばず取り返そうとするものです」
 例の政変を盧はそう表現した。
「つまり、今回もそのケースだと?」
「その通り。局長に伺った通り、優秀なかただ」
 盧は笑った。井出も笑っている。笑わなかったのは小田と柳だ。会話が核心になかなか触れないが、彼らは自分に何かをやらせようとしている。その内容も、小田は大体予想がついた。
「通商部副部長と伺いましたが?」
「四月に拝命したばかりです。今回の訪米もアメリカ側との顔合せが目的でした」
「その通商部が接触してこられた真意が、失礼ですがよくわかりません。お国の通商部は、こういう案件も扱われるのですか?」
「小田君、その言い方は失礼だぞ」
「いや、尤もな疑問ですよ。小田さんは私の、一つ前のポストをご存じないようですから……組織部副部長(内務副大臣)でした」
「では……これは平壌の内意、と解釈していいのですね?」
「結構です」
「もう一つ。サロメを雇ったのもあなたがたですか?」
 小田が言った途端三人は顔色を変え、柳のほうは右手をわずかに浮かしている。小田は、その背広の下に隠した拳銃に気づいていた。何かあればこの男は躊躇わず、小田に銃口を向けるだろう。
「確かに、共和国は内々に彼女と契約を交わしました。内容は狙撃計画の阻止」
「……」
「お願いしたいのは、契約の実行を妨害しないでいただきたいということです」
 案の定、と思いながら小田は盧を見返した。
「法を犯しても?」
「彼女はプロです。無用な殺人は避ける筈です」
「無用かどうかは関係ありません。目的が何であれ犯罪行為があれば検挙する、それが治安というものでしょう」
「責任を取らせてほしい。共和国の国内問題であり、我々の手で解決したいということです」
「……お話はわかりました」
「では、お願いできますか?」
「それは、できません」
 柳がごくりと息を呑み、盧は瞑目し考え込む。井出は無表情。沈黙が暫時ボックスを支配した。
「なぜですか?日本にも悪い提案ではない筈ですよ?」
「そうでしょうか?テロの対応を国外に委ねるわけには決していかない……お国もそれは同じ筈です。例えば先年の小宮山(こみやま)首相訪朝時、日本の右翼が潜入・狙撃したら、責任を転嫁できたと思いますか?」
「それは……」
「それと同じです。万一の場合はお国も相応の対応を取らざるを得ない筈だし、他国への信用も失墜します。お国が責任を取るという理屈がその時通るか否か、あなたもよくご存じの筈です」
「なるほど、最悪の事態も想定しておいでなのは賢明です。だがあなたは、一番大事なことを忘れている。失礼ながら……日本の警察は独力で狙撃を防げますか?」
「……」
「小田さん、おわかりと思いますがこれが万一公になれば私の首ぐらいでは済まない、それを覚悟で打ち明けたのは狙撃を何としても未然に防ぎたい、それだけです。申し上げたくなかったが彼らは、恐らくお国のどの警察官よりも優秀なスナイパーです」
「それでもしなければならない。自分もあなたを信頼してお耳に入れますが、いやもうご存じかもしれませんが、警備本部で関心を持っている変死事件があります」
「……」
「我々はこの事件の延長に狙撃計画があると考えています。犯人が既に潜入している可能性もあり、今はあくまで単独対処の建前を貫くべきです」
「それは君の判断することじゃない」
 既にという小田の言葉に、潜入を看過した平壌への非難を察知したらしい井出が割り込んできた。
「いや、小田さんの仰ることは正論ですよ。お国には優秀な警察官がいらっしゃいますね」
「恐れ入ります。お国がこの件を真剣に考えているのは、今日あなたがリスクを冒して重要な情報を下さったことでよくわかりました。今後も何か事態に変化がありましたら、何卒ご協力をお願いします」
 小田はそう言い起立、深く頭を下げた。

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