« 【支那】チベット弾圧抗議集会 | トップページ | 【北京五輪】水球の寒い視線 »

2008年3月23日 (日)

Time Up:四.工作員(中)

「ところで、当分ご滞在の予定と思いますが、宿泊先はお決まりですか?」
「柳沢課長、その件でちょっと……」
 しかめ面の工藤や目をぱちくりさせる加藤、興味ありげな斎藤を残し、中川は柳沢を廊下に連れ出した。
「何だ、急に?」
「ホテル・グレコに泊まってもらうわけにいきませんか?早紀が……心配で……」
「待て、お前……それは公私混同だぞ」
「自分もどうかとは思いましたが、身辺に不審な男も……」
「ああ、例のコンビニの……鄭に間違いないのか?」
「正直、まだ自信はありませんが、相手が鄭なら、警部に滞在してもらうだけでも……」
「抑止効果か……しかし、下手すると囮捜査になりかねないが?」
「それは大丈夫でしょう。これは言わば警護事案ですから」
「まあ、本当に逮捕してしまったら、それこそ囮捜査だが……とにかく話してみよう」
 斎藤は意外にあっさり承諾した。工藤がいればややこしくなったかもしれないが、斎藤に会い府警への義理は済ませたつもりか、姿を消していた。
「無言電話の主が鄭なら、自分の姿を見れば二度と現れんでしょう。府警に報せればどっと押しかけてくるでしょうが、それはまずいようですね?」
 斎藤はそう言って、悪戯っぽく笑った。

 夕刻、他出から戻った小田に、加藤らが斎藤を引き合わせた。京都から大阪、福岡と、今回の総書記訪問予定地をまわって来たのだという。
「発見しても今は泳がせる方針なので、それは含んでおいてもらいたい……府警はまだ知らないとか?」
「はい、休暇をとって自分の一存で参りました」
「今後協力を要請する可能性もある。当方で連絡すれば一存で来た君の立場があるまいから、自身でやってもらいたい。必要となればフォローする」
「ありがとうございます」
 中川の案内で斎藤が退室した後、小田は警察庁と県警本部に連絡を入れた。
――大阪府警か。面倒なことにならなければいいが……
 大野は慎重だった。
「わかりますが、府警は重要参考人の情報をかなり持っています。局長も了解済みです」
――ならいいが……まあ、様子を見るか。

 同夜、柳沢と中川は「三千院」で早紀を斎藤に紹介した。内々の歓迎会も兼ねており、加藤以下港北署の捜査員・警官も数名同席していた。
「ご迷惑をおかけします」
 言葉少なに挨拶する早紀に斎藤は笑い返した。
「事情は伺いました。相手の正体は不明だそうですが、刑事が同じ屋根の下にいれば手は出さんでしょう」
「助かります。自分が付いているべきなんですが、手が廻らず困っていたんです」
「こういう時はお互い様ですよ」
 斎藤が中川に返したその時、尚子の携帯電話に着信。発信元を確かめ
「美奈ちゃんだ……はい、飯田です」
――斉木です。どうしたんですか?伝言があるって聞いたから署に戻ってきたら、飯田さんも中川さんも退勤したって……あっ、どこかで飲んでます?
「げ、ばれた?大阪府警の刑事さんを接待中。駅前の『三千院』だけど、今から来る?」
――ああ、この間の……今からだと、十分くらいかかりますけどいいですか?
「いいわよ。じゃ、待ってるね」
 そう言い尚子は電話を切った。
「栄署か……あっちの事件はどうなったのかな?」
「栄署の事件と言いますと?」
 斎藤が食指を動かした。
「先日水死体が挙がりまして、その犠牲者が少し前に不審な人物と接触していた形跡があったんです。そういうこともあって警備になかなか専念できずにいます」
「なるほど。そう言えば例の徳田信枝逮捕もここでしたね?」
「ただ、北朝鮮を目指していたらしいのに乗っていたのは岡山行き、持っていた切符は新大阪行き。どう乗り継ぐつもりだったのか、指揮した警視庁の公安も首をかしげていました」
「こういうことではないですか?現在博多直通列車は全て『のぞみ』で、本数が減った分窓口は発覚の危険が大きいので、用心し比較的地味な岡山行きを選んだ。乗継ぎなら行先もカモフラージュできますし」
「なるほど」
「乗換えの謎も解けます。東京から徳田信枝らが乗り込む一方、恐らく仲間が新下関までの切符を用意、新大阪駅ホームで素早く切符を取り替える。その後仲間が新大阪までの切符で改札口を出る一方、彼女らは新しい切符で別の列車に乗り継ぐ。新しい切符の手配なども必要ですが、連絡を取り合えば充分可能だった筈です」
「だとすると新大阪駅でも列車の動きには注意していて、失敗もいち早く察知した可能性がありますね?」
「同感です。連絡をいただいて直ちに新大阪駅に捜査員を派遣しましたが、やはり空振りでした」
 斉木が到着したのは十分後。一緒に戻った伊東は今度の総書記警護で予備要員に指名、今日は訓練に直行したという。今や港北署のほぼ全署員が、何らかの形で警備任務に駆り出されていると言ってよかった。
 一口で警備と言うが、サッカーの試合などの大規模事案になると準備だけでも半端でない。今回のような要人警護のほか会場内外の秩序維持、前後数日間の来場者、選手、チーム関係者の安全確保。時には一部観客の所謂フーリガン化にも備えねばならず、国際試合ともなれば一定期間一般の立入りを禁止。
 その上、任務に携わる全警官の食事、寝場所、便所などの準備責任も費用も所轄持ち。不足が出れば公費補填はあるが、そうなれば余計経費節減も強いられる。特権だらけの上部と違い「貧乏暇なし」が警備現場の現実で、場数を踏み要領を心得ている者も多いとは言え、署員の苦労は部外者の想像を越えていた。
「で、どうなった?」
 斎藤に挨拶し斉木が座るのを、待ちかねたように加藤が訊ねる。
「被害者が現場にいた理由がわかりました。恋人の近所だったんです」
「恋人?」
「川上貴子(たかこ)、二十一歳。大学の同期生です」
「あれ?その名前は前に聞いたが、住所は確か……?」
「はい、最初に交友関係を調べた際、住所は大学の女子寮でそれは事実でしたが、実は付近に住んでいる従妹が海外旅行中で家の鍵を預かっており……」
「事件当夜はそこで一緒だった……と?」
「はい。数年前県下で発生した連続婦女暴行以降、女子寮が出入りを厳しくしています。実はそれまで度々異性の連込みがあり、それが以降お蔭でぱったり止んだのですが、一方で寮生の外泊が増え……」
「何だ、自業自得……」
 加藤が笑って言いかけ……眉を吊り上げた斉木の形相に黙り込んだ。
「被害者はその家の……あれ、そんな時間に何で外にいたのかしら?買物?」
「今日、この川上貴子に会ってきました。実は事件直前口論して被害者が家を飛び出し、それきりになったのだそうです。それで、事件には自分も責任があるのではとの思いから、余計にショックだったようです」
 話しながら昼間の様子を思い出したか、斉木は顔を歪ませたかと思う間もなくぽろぽろと涙をこぼし始め、他の者の何人かが加藤を睨んだ。
「あれ、何、俺のせい?」
 狼狽する加藤に代わり、柳沢が話を戻す。
「一万円男のほうは、どうなった?」
「競技場関係者やサポーターをあたった結果、Jリーグの試合で要注意人物が目撃されていました。ホーム側自由席に一人でいた男性で、特徴は黒い帽子とサングラスに白髪まじりの口ひげ。試合中もスタンドのほうばかり見ているので不審に思ったと目撃者は証言しています」
「黒い帽子に、サングラスと口ひげか……いかにも変装って感じねえ」
 首をかしげる尚子の横で斎藤が目を光らせたことに、居合わせた警官達は誰も気づかなかった。

|

« 【支那】チベット弾圧抗議集会 | トップページ | 【北京五輪】水球の寒い視線 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Time Up:四.工作員(中):

« 【支那】チベット弾圧抗議集会 | トップページ | 【北京五輪】水球の寒い視線 »